摂理人モンちゃんの詩

摂理人モンちゃんの、イエス・キリスト、そしてイエス様について詳しく教えて下さる摂理のチョンミョンソク先生と共に歩む信仰生活についての詩です(^^)

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【摂理】


振り返ってみると、モンちゃんは今まで自分で自分を責めることが多かった気がする。

その事を考え、「自分で自分を責めないようにしよう」と思い立ってみると、次は「そのように決めたのにもかかわらず自分を責めてしまっている自分を責めてしまう自分」を発見するようになった。やはり自分の考えには力がない。

ルカによる福音書23章33−34節
されこうべと呼ばれている所に着くと、人々はそこでイエスを十字架につけ、犯罪人たちも、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけた。そのとき、イエスは言われた、「父よ、彼らをおゆるしください。彼らは何をしているのか、わからずにいるのです」。人々はイエスの着物をくじ引きで分け合った。

このようにいつも僕たちのことを無条件、変わらない愛で愛して下さっているイエス様。

自分を責め続けるのではなく、その愛にいつも感謝しながら生きていきたいと思った。



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【摂理】


窓際で聖書を読むモンちゃん。太陽の光がさしてくる。

モンちゃん「なんて目にちょうど良い光なんだろう。」

主が天地を創造して下さったのも、全て愛する人間のためだという話を聞いたことがある。

改めて主の愛を感じたモンちゃんだった。



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【摂理】


今日もバイトをするモンちゃん。

ミスをしたらビシッと指摘される職場で、何時間かことなきを得た。

すると、ついにある皿をどう動かすか、判断を間違えれば怒られるミッション発生!

モンちゃん「主よー・・・助けて下さい。」

そこではっとするモンちゃん。それまでうまくいっていた時は主を全く呼ばなかったのに、ピンチに限って主を呼んでいるではないか。

モンちゃん「それでは主に片想いばかりさせてしまっている。」

非良心的だったと反省し、いつも主の愛に対して心を開いていきたいと思ったモンちゃんだった。


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イエス様が再臨されるということで、どんなに自分に言い聞かせてもついあせりまくってしまうモンちゃん。

モンちゃん「このままでは心がもたないな。」

そんな中聖書を読んでいると、次の聖句が目にとまった。


コリント人への第一の手紙第15章31節
兄弟たちよ。わたしたちの主キリスト・イエスにあって、わたしがあなたがたにつき持っている誇にかけて言うが、わたしは日々死んでいるのである。


ここは復活に関する章。パウロ先生は日々自分の固定観念を捨て去り、新しい自分に復活されていた。

モンちゃん「そうだよな」

「今まで見える世界だけで生きてきた僕が」

「見えないイエス様を追い求めること」

「すぐには出来ないよね。」

日々漸進的に頑張っていこうと、少しほっとした気分になったモンちゃんだった。


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【摂理】


今日、しばらく会ってなかった人と会った。

「御言葉をまた聞いてみたい」と言っていた。

明日は卒業式のところが多い。

終りと始まりの季節。

僕もまた就活を一から頑張ってみたいと思っている。

季節の変わり目にはいろいろなことがあって、つい気があせってしまう毎日。

だけど、全ての根本にはイエス様の愛があるとわかって

恵み深く過ごしていきたい。


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