新年早々、新約聖書の「ヨハネによる福音書」を開くモンちゃん
9章にはイエス様に出会って目を癒された盲人の話が書いてあります。
25節「すると彼は言った、『あのかたが罪人であるかどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲人であったが、今は見えるということです。』」
実はモンちゃんは昔目を患っていました。あまりに見えないので、絶望しかけたことが何度もありました。
しかし先生の御言葉を聞く中で、次第にモンちゃんの目は見えるようになったのです。
法則の中で働かれる神様。しかし僕の目がどういう法則のもとに治ったのかは未だにわかりません。
ただ一つ言えるのは、確かに目を患っていた僕が、今は見えるようになったということです。
でも一番大きいことは、目が見えるようになったことより、先生に出会って僕が人生の道を見つけたこと。人生の空しさを感じ絶望しながらも「それでも何かあるんじゃないか」と必死に捜し求めていた僕に、神様と共に生きる人生の素晴らしさ・価値を教えて下さった先生。そのように「心の目が開いた」ことが、僕にとっての何よりの救いです。
正月テレビを見まくりながら、ふと昔を思い出したモンちゃんでした

9章にはイエス様に出会って目を癒された盲人の話が書いてあります。
25節「すると彼は言った、『あのかたが罪人であるかどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。わたしは盲人であったが、今は見えるということです。』」
実はモンちゃんは昔目を患っていました。あまりに見えないので、絶望しかけたことが何度もありました。
しかし先生の御言葉を聞く中で、次第にモンちゃんの目は見えるようになったのです。
法則の中で働かれる神様。しかし僕の目がどういう法則のもとに治ったのかは未だにわかりません。
ただ一つ言えるのは、確かに目を患っていた僕が、今は見えるようになったということです。
でも一番大きいことは、目が見えるようになったことより、先生に出会って僕が人生の道を見つけたこと。人生の空しさを感じ絶望しながらも「それでも何かあるんじゃないか」と必死に捜し求めていた僕に、神様と共に生きる人生の素晴らしさ・価値を教えて下さった先生。そのように「心の目が開いた」ことが、僕にとっての何よりの救いです。
正月テレビを見まくりながら、ふと昔を思い出したモンちゃんでした






